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歯磨き粉の歴史Toothbrush

歯磨き粉の歴史

歯

歯磨き粉の歴史は古く、世界に目を向けると、世界で最初の歯磨き剤に何を使っていたかという記録は、古代エジプト(BC1500頃)新王国18王朝時代の頃のパピルスに詳しく記載されているのが最古と言われています。

一方、日本での歯磨き粉の歴史で分かっている最も古い時代は、応神天皇、仁徳天皇の頃である3世紀の頃と言われています。 仏教と共に伝えられた塩による歯磨きが行われていたようです。ただし、仏教の伝来は552年とされているので、塩は磨き粉として使った歯磨きは、応神天皇、仁徳天皇より時代を後にしていた可能性があります。 歯磨きの風習自体は、遣隋使、遣唐使が、中国では中国人が楊枝で歯を磨いていたこと、塩を利用していたことを日本国内に持ち帰り伝えたと思われます。 日本最古の現存する医学書である平安時代の「医心方」には、既に歯槽膿漏のことが記述されていたというから、古代の人も歯の病気には苦労し、歯磨きにも関心があったのではと推測されます。 鎌倉時代になると、1279年に著された仏教の説話集「沙石集」の中で、歯の治療をしたとされる「歯取唐人」のことが書かれていますが、歯磨きや歯磨き粉のことは書かれていません。 日本の歴史で、歯の治療、歯磨き、歯磨き粉らしきことが記載されている記録は、この程度で、歯磨き粉の歴史が記録が残るのは江戸時代まで歴史が経過しないと記述として見ることができません。この間は、指や楊枝で塩、その他を使っていたであろうと推測されます。

これに対し、エジプトでは、文字やパピルスという記録に残せる文化・文明が進んでいたこともあって、詳細な練り歯磨き粉の成分を記した記録が残っています。 その内容は以下とされています。

・ビンロウ樹の実(タンニン)
・緑粘土:研磨剤・粘結剤
・蜂蜜:粘結剤、甘味料
・火打ち石(石英の一種):研磨剤・緑青:細菌抑制効果 殺菌作用(日本では毒性があると誤解が多いが特にひどい毒性はない)

その後、エジプトでは、4世紀頃には、練り歯磨き粉では無く、粉末の歯磨き粉として、食塩・黒胡椒・ミント・アイリスを粉末にして使用していたと言われています。 古代ローマでは、人間の尿のアンモニアに歯を白くする作用があると考えられ、歯磨き粉替わりに使用されています。帝政ローマ時代に入ると、動物の骨や卵の殻を焼いて、粉にして研磨剤として、歯磨き粉に利用していたと伝えられています。 時代が、飛んでヨーロッパフランスの14世紀頃は、蜂蜜と焼いた塩に酢を混ぜて歯磨き粉としたり、ハッカや胡椒を使い白ワインでうがいしたとされています。ワインの本場フランスだからできたことかもしれません。 15世紀に入ると、最初に、ニッキなどを含ませたワインでうがいをし、その後に、ウサギの骨を焼いたものに焼き塩を加え、蜂蜜で糊状にした練り歯磨き粉で歯磨きをしています。 16世紀に入ると、コロンブスがアメリカ大陸を発見したときに、ヨーロッパに持ち帰ったタバコを灰にして、歯磨き粉に入れて使うこともあったようです。 尚、アンモニアの歯を白くするという考えは、その後も続き、ローマ時代もその影響下の地域では少女や処女の尿をうがいに使用し続けていたようです。そして、この風習は、延々と18世紀まで続いたと言われています。 また、尿に含まれるアンモニアや、ワイン、酢を使うのは、虫歯の原因が虫であると考えられていたからと言われています。 現代のように、歯磨き粉が一般的広く使われるようになったのは19世紀以降で、初期は、主に歯ブラシと水だけでしたが、間もなくチョークの粉・煉瓦を細かく砕いたもの・食塩などが混ぜられたものを使用するようになっていきます。 20世紀になると、過酸化水素や炭酸水素ナトリウムを含む練り歯磨き粉が使われるようになっていきます。 現在のようなチューブタイプの練り歯磨き粉は、1896年にコルゲート社が初めて販売を始めています。

一方、その後の日本では、江戸時代に残されている記録で、1625年に歯磨き粉の販売が行われたことがわかっています。 丁字屋喜左衛門が『丁字屋歯磨』『大明香薬』という名称で販売。成分は、陶器用の粒の細かい陶土が研磨剤として、線香の香りにも使われる龍脳などが混ぜ合わされて使われ、「歯が白くなる、口の臭いを取るという」うたい文句で販売されています。 楊枝とこの歯磨き粉を使った歯磨きがこの時代の習慣として行われていたようです。

歯磨き粉には、日本でも塩が混ぜ合わされていたようで、あの討ち入りで有名な松廊下での刃傷事件は、吉良藩と赤穂藩との塩歯磨きのシェア争いが原因の一つであったという説があります。 当初、吉良藩の塩がトップであったのが、その吉良藩に塩の作り方を習った赤穂藩の塩にとって変わられたことが原因であると推測ではありますが言われています。 明治時代に入って、徐々に、欧米の歯磨き粉に変わっていきます。 ようやくこれらの歯磨き粉を使うようになって、歯が研磨剤によって磨り減ることが少なくなっていきます。 明治5年、最初の欧米お処方によって作られた歯磨き粉が発売されています。そして資生堂やライオンの会社の誕生に繋がって行きます。 明治23年に現在の資生堂の前身である福原商店が、日本初の練り歯磨き「福原衛生歯磨石鹸」と言う商品名で発売されました。 そして、明治29年には、続いてライオンが販売を開始、ライオンは明治44年に、日本初のチューブ入り歯磨き粉「ライオン固練りチューブ入り歯磨」を発売開始しています。大正時代に入ると、いろいろなメーカーがチューブ入り歯磨き粉に参入してきて、現代につながっていきます。

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